試行錯誤のメンヘラ人生

(元)無職・独身メンヘラ29歳。気分はいつでも寝たきりです。

「逃げていい」という他人の言葉の無責任さと、それでも逃げなければいけなかったとき

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メンヘラゆりです。アルバイトなのに仕事がつらい。お昼前になると毎日限界がきます。トイレの個室で「もうむりきえたいできないもうむりもうむりうわあああ」って孤独に発狂しています。

 

具体的につらいこと

一番つらいのは、他人がどうとかじゃなくて、自分に納得がいかないこと。自分自身が何も出来ないし、仕事していて自分の頭と手と口が、自分の思うように動かない。それが本当に辛い。

二番目につらいのは、みんなが優しいこと。間違っていても一切指摘したり注意してくれないこと。大丈夫??っていつも聞いてくれるけれど、フォローしてくれるけど、私が頭悪すぎて見下されているのでつらい。

他にも労働時間が守られてないとか社長の茶だしが嫌だとか昼休みも拘束されるのが嫌だとかトイレ掃除したくないとか男性の体臭がとか色々あるけれど、とりあえず自分の仕事のできなさが一番つらい・・・。

 

こんなことでは逃げられない

私ももう残念ながら29年以上生きてきたので、本当に逃げなければいけないゴミみたいな職場環境も知っているし、自分の限界も知っています。今の職場よりつらい会社はいっぱいあった。身体的にはだるさもまだないし、まだ全然イケます。

 

「逃げていい」という他人の言葉の無責任さ

近ごろわりと「学校が辛ければ/会社が苦しければ逃げていい」といった意味合いの言葉を目にします。じゃあ私の逃げた後の人生の面倒見てくれるの??って言いたいです。

「死ぬくらいなら逃げろ」っていう言葉も子供の頃から大嫌いです。え、どこへ逃げるの?子供は義務教育と毒親からは逃げられないんだけど??って思います。人生、逃げ続けたら行き止まりで崖です。最終的には死ぬか立ち向かうかしかないんです。

 

それでも逃げなければいけなかった場面

 私はすべてのことから逃げ続けたので29歳以上独身アルバイトォォォなんですが、今思い返しても絶対に逃げなければいけなかった場面というのが人生において2度だけあります。1度目は複雑性PTSD発病のとき。2度目はハケンで身分を固定されてひどい差別をされたとき。その2つだけは後悔していません。

 

苦しいけど、生きていこうと思っています。

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メンヘラゆりです。前回の更新から2ヶ月ほど間が空いてしまいました。この間に私は1つ歳を取り、現在は新たな決意を胸に生きています。アルバイトですが、長期契約で週5日働いています。

 

”障害を受け入れる”のは諦めた

 

私は双極性障害で一生治らないから、この障害をなんとか受け入れて、諦めて、生きていこうと試みていました。でもどうしてもできなかった。毎日希望をすり減らして、生きているだけで恥ずかしくてたまらなかったんです。

けして障害を持っていることが恥ずかしいんじゃなくて、生きていけるだけの希望も持てずにただ息をし続けることが辛かった。

結果的に障害を受け入れようと努力することはやめました。自分のことを障害者だと思うこともやめて、薬を飲みながら健常者のふりをして生きていこうと決めました。

 

社会に再チャレンジ

 

1年ほど無職でしたが、現在は経理事務として働いています。非正規雇用で時給もよくありませんが、経理未経験の私をよく採用してくれたなとは思っています。

面接で社長が「うちは頑張れる子しか採用しない」と言っていたので、今後どうなるかわかりませんが。このまま死ぬまで僕アルバイトォォなのも苦しいので、社長の意向に沿って日商1級の取得を頑張ろうと思っています。

 

やっぱり人が怖い

 

あまり経験したことのない、男性の多い職場です。静かな雰囲気でみなさん優しいですが、それでもやっぱり得体の知れない恐怖感があります。もう克服したはずのトラウマがひょっこり顔をだすこともあります。書類を渡すときに指が触れてしまって謝ると、怪訝な顔をされてしまいます。

それに自分の顔がときどき、ガチャピンさんの相方のモジャモジャに(似た妖怪に)見えるときがあります。これはもう治ったはずなのにな、おかしいな・・・。

 

人生に正解はない

 

二度と働きたくない、と始めたブログでした。あの頃の私はハケンの差別で傷ついて、障害を受け入れて暮らそうかと、人生を諦める方向に進んでいました。でもできませんでした。だから社会に戻ることになりました。

正解はなくて、どっちが良いとか悪いとかじゃないと思います。ただ1つだけ思うのは「働く(自分でお金を生み出す)」ことは人間が自分自身を肯定できる唯一の手段だということです。

こうして社会に戻って人と関わりながら生きるのは苦しいけれど、1年前よりずっと未来に希望は持てます。絶望的に終わっている未来を想像しなくてもいいわけです。少ないけれど給料ももらえるので、贅沢しなければ美味しいものも食べられます。

明日死ぬならもう頑張らないけれど、まだ人生は数十年続きます。だからとりあえず、1週間。苦しいけど、今週も生きていきましょう。